Archive for 2009年1月

週報44  2月1日(No2568)

      今週の集会

1() 10:15降誕節第7主日礼拝聖書 ヨハネ21322 教『新しい神殿』礼拝後 定期役員会4()10:00第一祈祷会加藤常昭著「祈りへの道」第27章 祈りの姿勢18:00 定期祈祷会第27章 祈りの姿勢

 

  次週の予定

8()10:15 降誕節第8主日礼拝聖書 マタイ7章7~12 説教「求めよ、与えられる」1()10:00 第一祈祷会加藤常昭著「祈りへの道」第27章 祈りの姿勢18:00 定期祈祷会27章 祈りの姿勢 

 

  報告と消息

○去25()礼拝後マルタグレイスがあり第13回建築委員会が開催されました。第12(12/28)委員会の報告と、その後の経過報告がありました。

○1/19()全国諸教会宛に投函しました「建築資金募金のお願い」とその後ご協力を頂いている方々と教会の報告もありました。

○今後は、この方々の名前を挙げて感謝の祈りを捧げたいと願っています。是非祈祷会にご参加下さい。

 

 教団信仰告白解説55

『とこしえの命』

 「一日一生」ということは、一日を一生に等しく悔いなく充実して生きるということで、近年終末医療(緩和医療とも言う)などで密度の濃い日々を過ごすことが言われることに通じるものがある。

しかしここでは年齢や身体の状況を問わない生き方である。死で終わらない永遠の命という希望に結ばれた「きょう」である。聖書の示す「時の物差し」がある。それは「主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです」(第二ペトロ39)

「明日キリストが来られても、わたしはきょう山に木を植える」という言葉がある。日々生き生きと軽やかに歩むのである。登山家が酸素ボンベで頂上を喘ぎながら目指すような生き方ではない。メソジスト運動の創始者ジョン・ウエスレーは「キリスト者の標準」を次の聖書で応えている。それは第一テサロニケ51618節である。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなた方に望んでおられることです。」かくして素晴らしい生涯を送るのである。

 

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週報43  1月25日(No2567)

  今週の集会

25 () 10:15降誕節第6主日礼拝★聖書マルコ11415節★説教『時は満ちた★礼拝後 マルタ・グレイス◎第13回建築委員会を開催致します。ご参加下さい。28()10:00 第一祈祷会加藤常昭著「祈りへの道」第26章 祈りの中の沈黙18:00 定期祈祷会第26章 祈りの中の沈黙

 次週の予定

2/1() 10:15降誕節第6主日礼拝★聖書 ヨハネ21322 ★説教「新しい神殿」28()10:00 第一祈祷会加藤常昭著「祈りへの道」第27章 祈りの姿勢18:00 定期祈祷会第27章 祈りの姿勢

報告と消息

○去17()10:30より、新しい境内地で建築起工式を建築関係者の出席もあり、吉仲牧師司式で執り行いました。14名。記念の写真を撮りました。○新しく「教会建築ホームページ」を立ち上げていますので、御覧下さい(「書斎の窓」を改造しました)

 教団信仰告白解説54

『とこしえの命』 前回述べたとおり、イエス復活信仰によって賜る永遠の命であり、この出来事がなければ、決して与えられないものである。言い換えるとイエスの十字架と復活の御業を通して、罪の裁きの死から復活による永遠の命を神から賜ったのである。「わたしを信じるものは死んでも生きる」(ヨハネ1125)という意味はここにある。 一般に言われる霊魂不滅説とも一線を画すのである(昨年「わたしは墓にはいない…泣かないで~」という歌が流行したが、これはキリスト教とは無関係)。教会では地上の生を終えた方々を「永眠者」と呼ぶが、これは第1コリント1550節以下、第1テサロニケ41317節に記されている事柄で、主の再臨の日に復活する時まで眠りに就いているということである。大切なことは死後でなく、「今わたしはイエスから永遠の命が与えられている」という確信から、日々を希望に輝き平安のうちに生きることである。内村鑑三は「一日一生」と言った(続く)

 

週報42  1月18日(No2566)

  今週の集会

18() 礼拝後 «マルタ・グレイス◎建築募金趣意書発送の奉仕作業を致します。ご協力下さい。«21()10:00 第一祈祷会 加藤常昭著「祈りへの道」第25章 声を出す祈り«18:00 定期祈祷会第25章 声を出す祈り

 次週の予定

25() «10:15 降誕節第5主日礼拝«聖書 マルコ11415«説教「時は満ちた」«28()10:00 第一祈祷会 加藤常昭著「祈りへの道」第25章 声を出す祈り «18:00 定期祈祷会 加藤常昭著「祈りへの道」第25章 声を出す祈り

 報告と消息

○去11()松永教会の家族礼拝が終わった後、福山東教会で開催された広島東分区合同新年礼拝に6名が参加しました。7教会から70名余出席し、互礼会がありました。○その後、教区副議長東島勇人牧師と常置委員宇佐美節子牧師が今津町の礼拝堂建築現地を見に来ました。感謝○全国の教団諸教会に建築募金趣意書1,550部郵送する準備を12()14()午後有志の奉仕でしました。続いてご協力をお願いします。

教団信仰告白解説53

『体のよみがえり』

この復活の告白は、この後に続く「永遠のいのち」の告白と切り離せないものである。つまり永遠の命を継ぐものとして復活があるからだ。イエスはこれをヨハネ112526節で明確に示している。 

(からだ)とは人の「霊と精神()と体」(1テサロニケ523節参照)の総体を現わしている。

問題になるのは、肉体は罪と汚れにより滅ぼされ、霊だけが清いもので永遠に存続するという「霊肉二元論」で理解することで、これは「体のよみがえり」とは異なるのである。これは善人だけが復活し、悪人は復活しないという論理も否定される。尤も悪人にとって復活は神の審判による死と闇の世界である(第二ペトロ2410節、ヨハネ黙示録201115)

復活は、イエスと顔と顔を合わせ(第一コリント1312)、悲しみや痛みのない交わりに入れられることである(ヨハネ黙示録21章1~4)

復活のことは旧約聖書では神への願望としてあるが、イエスが復活の「初穂」となられたことを明確にしなければならない(第1コリント1520)

 

週報40  1月4日(No2564)

  今週の集会

4()9:30 教会学校礼拝 聖書ヨハネ6115主題 みんなと一緒に10:15降誕節第2主日礼拝(2009年新年礼拝)聖書 6289 教『民よ、神を信頼せよ礼拝後 定期役員会7()10:00 第一祈祷会加藤常昭著「祈りへの道」第24章 忍耐に生きる為18:00 定期祈祷会24章 忍耐に生きる為 

 次週の予定

11()9:30降誕節第3主日礼拝1月家族礼拝 聖書マルコ2112節 教題「みんなといっしょに」11:00 新年分区合同礼拝於福山東教会説教者東島勇人牧師説教題「それでもあなた方は」聖書マタイ51315礼拝後 互礼会(愛餐会) 14()10:00 第一祈祷会加藤常昭著「祈りへの道」第24章 忍耐に生きる為18:00 定期祈祷会24章 忍耐に生きる為

 教団信仰告白解説52 『罪の赦し』

 使徒信条で「罪の赦し」が告白されることは、極めて重要な意味を持っている。それは「罪の赦しのバプテスマ」を示しているからである。バプテスマ(洗礼)なくして罪の赦しは無いからである。「好々爺」のように「何でもOK」、愛の神は無条件で人を受け入れるという思想は間違いである。それは使徒言行録238節に明確に示されている。これは一回限りの事柄で、「罪の悔い改め」を伴う出来事である。

倫理的道徳的な問題ではなく、自分中心の生き方を止めてイエスに方向転換をし、その指示される言葉に従って生きることとなる。罪という聖書の言葉は「的が外れる」「道を踏みはずす」「背反する」という意味をもっている。従って罪を赦されるなら、その人に新しい生き方が始まることになる。すべてのキリスト者は、バプテスマによって神に罪赦され、新しい群に連なる。それは「キリストの体なる教会」と呼ばれるところである。